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FLAT HACHINOHE  スペシャル鼎談

専門家同士のFLATな関係性から生まれた、
まったく新しいスポーツ施設のカタチ

2020年4月、青森県八戸市にオープンした「FLAT HACHINOHE」は、スポーツを通した地域との共生を掲げ、日本における新しいスポーツ施設の形を提案する官民連携型の施設だ。佐藤可士和氏率いるSAMURAIがネーミング、ロゴ、空間デザインに至るまで、一気通貫にクリエイティブディレクションを手掛けた同プロジェクトについては、2020年10月発売の『デザインノート』本誌でも紹介した。その関連企画となる今回は、施設の事業主であるクロススポーツマーケティングの中村考昭代表、建築やまちづくりの施主側のパートナーとして、商業施設からミュージアム、研究施設まで多岐にわたる建築プロジェクトに関わり、本プロジェクトにも初期段階から参画した山下PMCの土橋太一氏、そして、SAMURAIの建築家・齊藤良博氏をお迎えし、プロジェクトについて振り返ってもらった。
(文:原田優輝 写真:濱谷幸江)

FLAT HACHINOHE

FLAT HACHINOHEは、民間事業者が建築・運営を総合プロデュースし、行政が必要な期間、部分だけを使用するという新しい官民連携の形を取ることで、スポーツ、音楽をはじめとするプロ興行の多目的活用から、学校や市民の体育施設としての利用にまで対応している。

中村考昭氏 クロススポーツマーケティング 代表取締役社長

土橋太一氏 山下PMC 事業創造推進本部

齊藤良博氏 SAMURAI アーキテクト


すべての人に開かれたスポーツ施設

―まずは、FLAT HACHINOHEをつくることになった経緯をお聞かせください。

中村:日本の大型スポーツ施設は、国や自治体によってつくられるケースが多いためか、どこか無機的な雰囲気があったり、使い勝手があまり良くないことが多いと以前から感じていました。一方で、北米などにはそこにいるだけで楽しくなるようなアリーナやスタジアムが多いんです。例えば、プロスポーツの観戦などにしても開始の数時間前からスタジアムに行って駐車場でバーベキューをしたり、スタジアム内で飲食をしたり、一日楽しめるような環境があります。全国にスポーツショップを展開するゼビオグループの子会社として、スポーツの社会的価値を高めることを目指す我々としては、このような施設を日本にもつくりたいという思いがあり、2012年には欧米型アリーナ施設を意識した「ゼビオアリーナ仙台」を建設しました。こうした経験を活かしながら、より日本のスポーツ環境にフィットするスポーツ施設として、この度FLAT HACHINOHEをつくることになりました。

中村考昭(なかむらたかあき)氏。クロススポーツマーケティング代表取締役社長。1972年生まれ。一橋大学法学部卒業。リクルート、A.T. カーニー、スポーツマーケティング会社などを経て、2010年5月ゼビオ入社。2011年4月より現職。2015年10月よりゼビオホールディングス株式会社副社長執行役員。Jリーグ東京ヴェルディ代表取締役社長、アジアリーグアイスホッケー東北フリーブレイズ代表取締役オーナー代行、FIBA/JBA公認3人制プロバスケットボールリーグ「3x3.EXE PREMIER」コミッショナーを兼務。

 

FLAT HACHINOHEの外観。まるでナスカの地上絵を思わせる巨大なロゴは、ブロックを互いにかみ合うような形状にして舗装するインターロッキングブロックで表現されており、Google Mapの航空写真などでも確認できる施設のシンボルとなっている。

logo

施設が掲げる「平等」「自由」「未来への基盤」というテーマを表現したロゴ。「F」をイメージした2本のラインは、フレキシブルに開かれた空間であることを象徴しており、さまざまな用途に合わせて柔軟にアレンジできる日本の「間」の考え方を踏襲している。


―具体的には、どのようなスポーツ施設のあり方を思い描いていたのでしょうか?

中村:欧米型のアリーナは、スポーツや音楽などプロ興行の利用が主ですが、この施設は学校や市民などプロアマ関係なく誰にでも使える開かれた場にしたいという思いがありました。そのためには行政にも関わって頂く必要があり、官民が役割を分担しながら運用していけると良いのではないかと考えていました。そのような構想のもと、まずはプロジェクトマネジメントのプロである山下PMCさんにご相談し、やがてSAMURAIさんにも加わって頂くことになりました。

土橋:中村さんとお話をする中で、社会一般に今回のプロジェクトを伝えていくためにクリエイティブディレクターがチームにいた方が良いのではないかと考えました。このような施設は、完成直前に施設名やロゴを決めることも少なくないのですが、これまでにはない新しい価値を幅広い層に訴求していく上で、ネーミングやコンセプト、全体の世界観をトータルでブランディングしていく必要性を感じたんです。そして、自分たちの表現に固執せず、プロジェクトにとって何が最適かということを一緒に考えてくれるSAMURAIさんが、今回のプロジェクトに最もフィットするだろうと考え、SAMURAIさんに依頼する事を中村さんと決めさせていただきました。

土橋太一(つちはしたいち)氏。山下 PMC 事業創造推進本部。1980年生まれ。東京理科大学理工学部建築学科卒、Berlage Institute修士卒。建築意匠設計を経て、山下PMCに入社。大規模複合再開発、鉄道関連会社系まちづくり、メディア系事業、新規事業立ち上げなど多数の統括を担当。代表プロジェクトにteamLabBordeless、 JR 中央ラインモールnonowa、中之島フェスティバルタワー、日本テレビ番町スタジオなど。


齊藤:このような建築プロジェクトにおいて、プロジェクトの初期からデザインやブランディングの考え方を入れていくケースはそう多くないことだと思います。だからこそ、ロゴやサインなど目に見える部分以外のデザインの価値をご理解頂く必要があるのですが、その部分を説明して頂ける土橋さんのような方がいることは非常にありがたいんです。一般的なプロジェクトマネジメントは、スケジュールやコストの管理が主な役割になるのかもしれませんが、土橋さんはデザインの概念を大切にされている稀有な存在だと思います。

土橋:とても嬉しい言葉ですね。山下PMCでは、品質、予算やスケジュールの管理だけではなく、事業主と一緒に事業のあり方やマーケティングの企画などを組み立て、最適な体制をつくっていくことを大切にしています。今回は、SAMURAIさんの他にも設計・施工の戸田建設さん、照明設備のパナソニックさんなどさまざまな会社に関わって頂いていますが、非常にフラットなパートナーシップを築くことができたと感じています。また、皆がモチベーションが高く、内向きな人がいなく、一人ひとりがプロジェクト第一に向き合うという会社の境界を感じさせない最高のチームがつくれたと感じました。

齊藤:チームに関わる全員が知恵をしぼって、自分の専門領域でアウトプットを続けていきましたよね。いろいろな人たちが関わる建築の現場において、事業者の言語、クリエイターの言語、施工の現場の言語というのはそれぞれ違うんです。今回中村さんから、プロアマ問わずスポーツを楽しむあらゆる人に開かれた場所にしたい、スポーツを民主化したいというお話を伺い、とても共感できたのですが、それをそのまま現場の施工監督や職人さんに話してもなかなか伝わりづらいところがあります。その間に入ってみなさんが解りやすい言葉に翻訳していくことが土橋さんはとても上手で、それによってプロジェクトに関わる全員がゴールを共有できるようになったと思います。

齊藤良博(さいとうよしひろ)氏:SAMURAI・アーキテクト
1997年千葉大学工学部建築学科卒、(有)インテンショナリーズに入社。自身の設計事務所・(有)エイスタディを経て2016年より現職。幅広い知見に基づいた発想と柔軟な思考でSAMURAIが目指す新しい空間デザイン、スペースブランディングプロジェクトの一翼を担う。グッドデザイン賞・JCD賞・ACC賞など受賞多数。


中村:今回は、施設のつくり方自体も変えたいという思いがありました。このような大型施設はゼネコン経由で一括発注されるケースが多く、その方が事業主としては楽ではあるんです。ただ、本当に突き抜けたものをつくるためには、各分野のプロフェッショナルたちとフラットな関係を築き、直接やり取りできる体制づくりが必要だと考えていました。その中で、プロジェクトマネジメント面を山下PMCさんに、クリエイティブ面をSAMURAIさんに担って頂いたわけですが、今回非常に良かったのは、限られた予算の中で最適な解を皆で一緒に考えていけるチームだったことです。仮にお金さえかければ、ベルサイユ宮殿のような豪華な施設もつくれるのかもしれませんが、いま目の前にある要素を前提に、FLAT HACHINOHEという施設をいかに社会にとって価値あるものにしていけるかということを第一に考えてくださいましたよね。

土橋:今回のプロジェクトにおける最大の特殊条件は、中村さんの存在だったと思います。通常、このようなプロジェクトにおいては、事業者側には多くの関係者がいる事が多いのですが、今回は中村さんと並走して我々PMがいる事でスピード感が非常に早くなるかなりレアなケースでした。中村さんは矛盾があることはすべて変えたいと思われる方なので、プロセスにおいて苦労は少なくありませんでしたが(笑)、意思が明確なのでチームのみんながやりがいを持って取り組めたと思います。

 

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