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FLAT HACHINOHE  スペシャル鼎談

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プロセスの共有が生んだ一体感

―「FLAT」というコンセプトはどのように決まったのですか?

齊藤:今回はネーミングも含めてご提案させて頂きましたが、長い時間お待たせして考えぬいたアイデアを「満を持して」とお見せしたわけではありませんでした。むしろ、それまでに皆さんとの対話で共有された概念を、「(言葉や形にするなら)こういう事ですよね」とプレゼンの場で確認するような感じでしたよね。

中村:今回のプロジェクトでは、施設を通して何を実現したいのか、背景にどんな思いや問題意識があるのかというところを、みなさんにじっくりお話しさせて頂きました。一方で、表に見えてくる施設のデザインの部分などについては、実はそこまでお話ししていなかったりします(笑)。

齊藤:何気ない雑談や会話を続けていく中で、共有できる部分がどんどん大きくなっていったように思います。例えば、ゼビオグループのお店の取り組みや日本のプロスポーツ界の抱える課題など、さまざまなお話をして頂けたことで、中村さんの思想をかなり正確に捉えることができたので、僕らも安心してご提案ができたところがありました。

FLAT HACHINOHE

通年型アイスアリーナ「FLAT ARENA」、屋外公共空間「FLAT SPACE」、エントランス部分の多目的空間「FLAT-X」、地域社会とつながる公園「FLATPARK」という4つのスペースで構成される「FLAT HACHINOHE」。


中村:デザインの提案においては、A〜C案の中から選んでくださいと言われるようなこともよくあるのですが、今回そういう進行ではなく、さまざまな局面で基本的にはSAMURAIさんに判断を委ねていました。プロセスが共有できていたから、違和感なく提案を受け入れられたのだと思いますし、僕よりも信頼できるデザインのプロに決めてもらうべきだろうと。デザインの素人である我々の好き嫌いで判断するようなことは避けたかったし、受発注者の関係を超えてプロフェッショナル同士がフラットな関係性でプロジェクトを進めていきたいという思いがありました。

土橋:多様な専門家にそれぞれ発注していたので、スケジュールやコストの調整は簡単ではありませんでした(笑)。中村さんとは信頼関係が築けていましたし、うちの有能なスタッフが動いてくれるからコントロールできるとは思っていましたが、スケジュールをしっかり管理しながら、チームの皆さんにモチベーションを持って進めてもらうというところはかなり意識していましたね。ただ、大変な仕事だったというよりは、楽しくやりがいがあったという表現の方が合っていると思います。デザインに関しても、最後の最後まで結構変更がありましたよね。

齊藤:施工途中のタイミングで、屋外広場に巨大なロゴを入れることになったんですよね。プレゼン時にはなかったアイデアなのですが、結果的にこのロゴがメディアなどでも最も露出するこの施設のアイコンになりました。工事の工程上、際どいタイミングでしたがご提案をその場ですぐに承認して頂けたからこそ実現できましたし、この例に限らず意思決定が非常に早いチームだったと思います。

中村:SAMURAIさんも動きが早く、いろいろなことに柔軟にアジャストして頂くことができました。例えば、打ち合わせ中にロゴデザインの細かい話をしていると、その10分後にはスタッフの方がデザイン案を出力して張り出してくれたりするんです。

齊藤:SAMURAIでは、グラフィックや建築の専門スタッフたちがチームで動いていくのですが、今回のプロジェクトにはその体制が非常にフィットしたと感じています。多くの方が関わっているこのプロジェクトでは、さまざまなことを同時に進めていく必要があり、ネーミングを考えることと並行して建築のプランをつくったり、ロゴが入る場所を考えながら空間をデザインするという形で、一見煩雑な流れの様ですが、社内の関係性もフラットなので、建築やグラフィックのチームがそれぞれに意見を出し合いながらスムーズに進めていくことができました。これは他のデザインファームや建築事務所にはあまりないやり方かもしれません。

土橋:今回のようにクリエイティブディレクターに入ってもらうと、社会や時代の動きやこちら側の文脈などを踏まえた上で、プロジェクトの設定条件から問い直して頂けるところがあり、そこは建築家とは少し違うところかもしれません。事業主が考えていることを、社会に伝えるという観点から翻訳してくれるところに大きな価値があると思いますし、そこには良い意味での「普通の人の目線」があるのだと思います。齊藤さんはもちろん建築のプロですが、さまざまな領域で「社会に伝える」ということをされてきた可士和さんの、良い意味での「普通」の視点があるからこそできる建築のデザインというものがあるのだと感じています。

 

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FLAT HACHINOHEは、民間事業者が建築・運営を総合プロデュースし、行政が必要な期間、部分だけを使用するという新しい官民連携の形を取ることで、スポーツ、音楽をはじめとするプロ興行の多目的活用から、学校や市民の体育施設としての利用にまで対応している。


FLAT HACHINOHE が描く未来

―FLAT HACHINOHEは2020年4月1日にオープンを迎えましたが、今後の展望についてお聞かせください。

中村:新型コロナの影響で、こけら落としなどの開催が叶わず、短期的に見ると計画とはだいぶ異なるスタートになったと言えます。ただ、八戸市とは30年間に及ぶ契約を結んでおり、ようやくそのスタート地点に立ったのが2020年で、走り出してからまだわずか半年程度です。それでも少しずつ利用者の方々がポジティブなコメントをSNSなどに書いてくださるようになっています。いろいろ難しい環境にあることはたしかですが、決して悲観はしていませんし、むしろ良いスタートラインに立てていると感じています。

土橋:当初中村さんとは、施設周辺のまちづくりも一緒にやっていきたいと話していました。コロナ禍によって経済状況が悪化し、その話は一旦止まっていますが、FLAT HACHINOHE の本当の完成形は、この施設を中心に街が発展していくことだと思っています。一つひとつは小さいプロジェクトになるかもしれませんが、引き続き皆さんと会話をしながら、いろいろとはじめていきたいですね。

齊藤:仕事においてお二人との関係は、それぞれクライアント、プロジェクトマネージャーになるわけですが、一つのクリエイティブなチームとしてプロジェクトを進めてこられた印象を強く持っていますし、そうした関係性から今後も新しいものが生まれていく予感がしています。これからは施設を使う人たちも巻き込みながら、これまでに見たことがないような施設やスポーツの環境がつくられていくといいなと思っています。

土橋:齊藤さんが仰ってくれたように、グラフィックや建築だけに限らず、マネジメントや事業経営などにもクリエイティブな要素があり、ある種のデザインとも言えます。今回のプロジェクトは、さまざまな領域のクリエイターたちがフラットに関わり合いながら、アウトプットを導き出していくというプロセス自体に大きな価値があったと思いますし、デザインの入り口はいろいろなところにあるということが若い人たちに伝わると良いですよね。

中村:今回我々は、SAMURAIという世界最高峰のクリエイティブスタジオに仕事をお願いすることができましたが、世の中の大半のプロジェクトにはロゴや制作物をつくるプロセスがあります。あらゆる場面でデザインの考え方や技術が求められている状況がある中で、デザインを学ばれている方や専門的なスキルを持っている方たちには、無限の可能性があるのではないかと素人ながらに感じています。

 

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